「いい介護」って?あなたがそこにいるだけで十分

人生の迷いを整える

カウンセラーの「さこま 結理(ゆり)」です。

介護していると、「あーあんなこと言わなければ・・・」「いつまで介護が続くの・・・」など

酷い言葉、葛藤、複雑な感情、罪悪感、後悔の気持ち、、、

数々あるのではないでしょうか。私がそうでした。

つい「冷たくしてしまったな」と夜になると、自分が情けなくて布団の中で声を潜めて泣きました。

在宅介護の苦しみやもがきは、経験した者しか分からない。

私は両親を在宅介護で看取った後、いろいろなことを感じています。

毎日顔を合わせ、生活を支えていれば感情を爆発させるのは当たり前なのです。

介護している側の態度の裏にもいろいろな事情があり、理由があります。

でもその素直な感情を出せるのは、家族だからしてしまうのだと思うのです。

介護をしているということは、親を大切に思っている気持ちの証拠。

そうでなければ、介護なんてしないと思います。

親の顔を見にも行こうともしないと思います。

よく両親が言いました。

「顔を見せてくれるのが嬉しいよ」と。

そばにいるだけで親孝行です。

親は安心する。私は、そう思いました。

「今日の天気はなんだ?」「今日は何日だね?」

何気ない会話、それができるのが幸せそうでした。

そうか、そばにいるという存在が両親には大切なのだと思いました。

なぜなら

食事や排泄、入浴などの介助といった

「作業」「世話」は、お金を払えばヘルパーや施設が代行できます。

しかし「馴染みのある家族が近くにいる」「顔を見ることができる」

という絶対的な安心感は、誰にも提供できないのです。

完璧主義による介護うつで共倒れになるより

ぶっきらぼうな態度や言葉でも

「子供の存在」のありがたさは

何者にも代えられない最も価値あることだと思うからです。

つまり、親にとって「子」はあなたしかいないから。

介護の日常には、「これでいいのかな…」と心の迷いや葛藤が出るもの。

そんなときに、私は視点を変えて受け止めるようにしたこと

少しお伝えします。

・「うん。そう」「わかったよ」でもいい。

丁寧な言葉使いより、声が届く距離にいることが重要だから。

・レトルト食品、外部サービスを頼る。

手料理で疲弊するより、少しでも休息して笑顔でいる方が家族は安心するから。

・怒鳴ってしまった後に自己嫌悪しない。

それだけ、真剣に向き合っている証拠だから。

ストレスを抱えながら今日も向き合っている自分をいっぱい褒めてください。

もう十分すぎるほど頑張ってきたと思います。

介護の最中にいると、なかなかそう思えないですよね。

不器用でもいい。不機嫌でもいい。

こちらも、精いっぱい

必死なのですから。

一生懸命に思う心から、出てしまう態度や発言。

親を大切に思っている証拠です。

そばにいるだけで「存在」が親孝行なのです。

自分に「よくやっている」と言い聞かせて

自分の時間を大切にしてみてください。

気持ちが落ち着き、心地よく親と向き合えます。

少し優しい気持ちになれます。

私も介護の最中に「あんなこと言わなければ」

「あのとき、こうすれば」・・・「ごめんなさい」と

自分のしてしまったこと、言ったことを思い返して

何度も何度も、罪悪感に苛まれました。

でも、両親亡き後に思えるようになりました。

亡き後は、寂しさと喪失感が襲ってきます。

「介護していたときは、毎日が分刻みだったんだ」

「でも、大変な中にも気付きがたくさんあった」

って

そう思えるのも・・・

一生懸命向き合っていたからだと。

どんなにこちらが「しまった」と反省した行動にも

「ひどい」と思える発言でも

必ず「ありがとね」と言ってくれた父・・・。

その言葉は

温かくて、優しくて、包み込むような思いが込められていた

そばにいるその存在(子どもの私)に「ありがとう」の気持ちだったと

今になり分かったのです。

この思いを介護で頑張ってみえる方に

伝えたいと思っています。

今は、介護できて「ありがとう」と亡き両親に

お仏壇に向かい、心の中で伝えています。

介護していること、それだけでも十分な親孝行です。

安心感は何にも変えられません。

「あなたがそこにいる」

今日も親御さんは、あなたに「ありがとう」のメッセージを送っていると信じています。

介護でお悩みの方、気軽なお気持ちで心の内をお話しにいらしてくださいね。